ミニマリストを目指す行為はオススメしない(かも)
このような要因がある。
・ミニマリストの世間的イメージは良い方ではないため
・ミニマリスト的な生活は手段であるため
この記事では、こんなテーマについて話していく。
自己紹介
元理系大学院生で、今はメーカー勤務
持ち物の多さに疲れてミニマリスト的な生活を目指し始めました。
もう、5年くらいは少ない持ち物での生活を実践しています。
とりあえず余計な物に邪魔されずに生きたいと日々思っています。
ミニマリストを目指すことについて
ミニマリストを目指すことにあまり意味はない。
と言いつつ、
僕はこんな記事を書くくらいには、ミニマリスト的な少ない持ち物生活をオススメしている。
矛盾しているような感じではあるが、「ミニマリストを目指す」という行為にはあまり賛成はしない。
お前何言ってんの?といった感じだろうけど、
「ミニマリストを目指す」
「自分にとって不要な物を手放しきった状態を目指す」
この2つは全然違うと思ってて。
僕は後者を推している。
この2つの違いを説明しつつ、なぜミニマリストを目指さない方がいいかをこの2つの要点を基に説明させてください。
・ミニマリストの世間的イメージは良い方ではない
・ミニマリスト的な生活は手段
・ミニマリストの世間的イメージは良い方ではない
まず、ミニマリストの世間的イメージは良い方ではない。
「色んな物を手放す変な人」みたいなイメージ。
少なくとも、僕の友人たちはそんな反応だった。
ミニマリストに憧れて目指す過程で、友人たちにミニマリスト目指しているんだよね~的なことを話せば、
少しの話題にはなるかもしれないが、マイナスイメージを持たれる可能生は大いにある。
でも、
最近掃除にハマっているとか、断捨離にハマっている程度の話題だったら、マイナスイメージは持たれないだろう。
ミニマリストという名前を目指すか、不要な物を手放しきった状態を目指すか、
考え1つで自分の立ち振る舞いはそこそこ変わってくると思うよ。
・ミニマリスト的な生活は手段
ミニマリスト的な生活は手段。
僕の場合は、「快適な生活を送るため」の手段。
不要な物は無ければ無いほど快適なので。
まあこんな目的/手段の話はどこの片付け本でもミニマリスト本でも語られている。
ここからは少し僕の話をさせて。
「自分にとって不要な物を手放しきった状態を目指す」という指針で動かないと、持ち物を減らすことに執着して快適ではなくなる。
僕もそうだった。
一時期持ち物の多さに嫌気がさし、断捨離しまくったことがある。
その過程で物の効率的な捨て方を色々調べたところ、「ミニマリスト」という生き方を知った。
当時、
持ち物の多さに嫌気がさしていた自分からすると、理想の生き方のように思えた。
そこからは「ミニマリスト」を目指すようになった。
SNSのミニマリストは、本当に何もない部屋で生活しており当時の自分の理想だったので、その部屋や「ミニマリスト」自体に憧れ的なものを抱いていたと思う。
もちろん最初は、
自分にとって不要な物は手放さないという指針で断捨離をやっていたが、気付けば必要不必要関係無く多くの物を手放す作業をしていた。
何もない部屋に憧れてしまったことが要因。
結果、捨てすぎで不便な生活を送ってしまい自分が何をやっているのかわからず、今の行動には意味が無いことに気付いた。
ミニマリストを目指すではなく、不要な物を手放すという指針で動かないとダメだね。
伝わっているか怪しいが、そんな理由からミニマリストを目指さない方がいいと思っている。
まとめ
この記事では、ミニマリストを目指すという指針の行動はオススメしないという話をした。
このような要因がある。
・ミニマリストの世間的イメージは良い方ではないため
・ミニマリスト的な生活は手段であるため
まあ、ホントにSNSのミニマリストに憧れて、その人を目指すなら問題無いけどね。
不要な物が無い生活を送りたいなら、ミニマリストは目指さない方がいい。
以上。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
下記の記事では、ミニマリスト生活の良さについてまとめています。
よかったら読んでみてください。