ミニマリスト失敗談 少なければ少ないほど良いという思考の危険性

ミニマリストを目指す

ブログ筆者はそこそこ少ない持ち物で暮らしてる、いわゆるミニマリスト寄りの人間。
まあこのミニマリスト的な生活を送る上で、振り返るとけっこう失敗してきた気がしてて。

ということで今回は、その失敗談を振り返りつつ、これから少ない持ち物生活を始めたい人の参考になればいいなと思っております。



今回のテーマは「少なければ少ないほど良いという思考の危険性」です。

自己紹介
持ち物の多さに疲れ、ミニマリスト的な生活を目指し始めた。
もう5年ほど、少ない持ち物で生活している。
とりあえず、余計な物に邪魔されずに生きたいと日々思っている。



不要な物を手放しまくった日々




大学院生の頃、いろんなストレスが重なって、床に落ちている物にすらキレ散らかす日々を送っていた。

そんな中で、ストレス発散として断捨離にハマるようになった。
物を捨てると、意外にもストレス発散になるんですよね~

そこから効率的な捨て方を調べていくうちに、「ミニマリスト」という人種がいることを知りました。
彼らは、ほとんど何も置いていない部屋で生活し、とにかく持ち物が少ない。

さらに調べていくと、僕らは無意識のうちに「物」に不要な時間や労力を奪われている、という内容の本にも出会った。まあよくある片づけに関する本ですよ。
当時、無駄に効率厨だった自分からすると、ミニマリストの生き方はとんでもなくスタイリッシュに見えた。

ホントに有名なイケメン俳優よりミニマリストの方がカッコよく見えていた。
今思うと、だいぶ疲れていたと思われる。

そこから、そのミニマリストの目指すかのように自分も不要と思った物を捨てまくった。
毎週のように回収センターに行き、燃えるゴミの日には3〜4袋出す。
とにかく手放した。
断捨離を進めるほどミニマリストに近づいている気がして、あの頃はそれが楽しかった記憶があります笑

ただ、そんな生活を続けていると、だんだん「物は少なければ少ないほど良い」という思考になっていくんですよね~
今回は、その思考の危険性について話したい。

少なければ少ないほど良いという思考の危険性


なぜ危険か? 簡単に話す。



・不便

当たり前だけど持ち物が少ないと普通に不便。
ミニマリストにハマっているときは気づけないけど、一般的に考えれば物を減らせば不便になるのは当然。
でも当時の僕は、そこに気づけないくらいには妄信していた。
毎日服を洗濯して、洗濯できなかった日は手洗いしてドライヤーで乾かす。
服が足りない生活をして、ようやく不便さに気づいた。



・自分にとっての必要な物がわかっていない

快適に生活するには、自分にとって必要な物が何かを理解していないとダメだと思ってて。
仕事に必要な物を持っていなかったら困るし、生活環境や価値観によって必要な物は人それぞれ。
そこを考えずに、ただ減らし続けるのは損でしかない。



・なぜ減らすのか?を忘れがち

↑の話の続き。
少なければ少ないほど良いって思考は目的を見失っている状態。
僕の場合、目的は「不要な物にかける労力を減らしたい」だった。
なら、不要な物だけ手放せばいい。
減らすこと自体を目的にする必要はないはず。
快適に生活したい、労力を減らしたい、スッキリした部屋に住みたい、SNSで見るミニマリストに憧れている、インフルエンサーになりたい…。
目的は人それぞれだけど、目的に合わせた行動は必要よね~



・深く考えずに行動している

さらに↑の話の続き。
「不要な物に労力をかけたくない」という目的なのに、少なければ少ないほど良いという行動が目的化していたのは今思うと普通にアホなんですよね笑
普通に考えたら捨てたらダメなレベルの物まで捨ててた。食器ゼロ生活とか意味がわからないでしょ。
この思考停止の行動が目的になるのはダメだよね…




こんな感じで、「少なければ少ないほど良い」という思考は、わりと浅はかだったなという話でした。

もちろん、不便さを受け入れてでも真っ白な部屋に住みたいなら、それはそれでいいと思うけどね。



以上。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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