ミニマリスト失敗談 思い出を形に残す意欲0

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ブログ筆者はそこそこ少ない持ち物で暮らしてる、いわゆるミニマリスト寄りの人間。
ぶっちゃけこのミニマリスト的な生活を送る上で、振り返るとけっこう失敗してきた気がしてて。

今回も個人的に失敗したなーってことを振り返る会を開く。

結論から言うと、思い出を形にしなくなったのが後悔ポイント。

自己紹介
持ち物の多さに疲れ、ミニマリスト的な生活を目指し始めた。
もう5年ほど、少ない持ち物で生活している。
とりあえず、余計な物に邪魔されずに生きたいと日々思っている。

思い出を残すか?

「不要な物をなくして必要な物だけ残す」というミニマリストのよくある考え方。

では、これを思い出に当てはめるとどうなるか考えてみよう!!

例えばこんなの。

・旅行先で撮った写真(スマホで撮影した写真含む)
・友人からもらった置物
・ライブで買ったグッズ

正直これまで思い出の物を残しておらず例えもこのレベルしか出てこないのだが、この世の中に思い出になる物は無数に存在するはず。

ではこれらは自称ミニマリスト目線で必要か?



まーいらんでしょ。

少なくとも2,3年前の僕はその考えだった。

だって、生きる上で必須じゃないでしょ?

快適に生きるために必要な仕事、睡眠、お金、食事、清潔感とかと比べたら、いらん。



しかも写真を撮ることにはデメリットもあったりする。

その場の感動を味わう時間が減る、写真撮ってる間にご飯が冷める、撮った写真の整理が面倒くさいなどなど。

写真を撮ることに固執して目の前の光景をちゃんと見ようとしないことは非常にもったいない気がする。

こーいうの目に焼き付けたいやん。

だから深く考えることもなく、不要って判断してきた。

ここ2、3年は写真も置物も思い出関連の物はほとんど残してない。

生活には全く支障ない。困らないので問題ナッシング。

思いでなんかいらん

と思ってた。

まあ実際、困ってない。

生活になくても困らない以上マイナスにはなることはない。

でも振り返って気づいたのはプラスにもならないということ。

ここ最近何が楽しかったか振り返ろうとしても、手元に振り返る材料がない。

写真を撮らないで記憶に焼き付けようとしても、僕の記憶力はそんなによくない。

旅行や友達との時間はそこそこあるのに、ぶっちゃけあまり思い出せない。

一方で友達の家に行くと、旅行やライブで買った物が並んでて、そこには幸せがある感じがする。

写真フォルダを開けば、さらに幸せを感じちゃう。

まだミニマリストという考えを知らなかった頃のラインのアルバムを見るといっぱい写真を残してて、今でも振り返ると幸せな気持ちになる。



今となっては僕の写真フォルダには、そういう写真がほとんど残ってない。大事なデータのスクショとかしょーもない写真ばっかり。

これからは思い出の写真もバンバン残して、後から幸せ再発掘できるようにしよう!!!

なんて急に方向転換して写真を撮りまくるつもりもない。

これから急にお土産を集めるとかもしない。



無くても生活できるのは知ってるし、無理に残す必要はない。

正直、積極的に残そうって気持ちも湧かない。ある意味、ミニマリストに一度心酔した末路かもしれない。



マイナスを削りプラスにならない人生。それがミニマリスト。と自分に酔っている自称ミニマリストでした。

以上。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回の記事:ミニマリスト失敗談 散歩ではなく、ランニングという無料且つ物が増えない趣味の良さ